「マルトリートメント(maltreatment)」とは、身体的な暴力だけでなく、言葉による暴力・無視・心理的な圧力など、 子どもに対するあらゆる不適切な養育 を指す概念です。深刻な虐待だけでなく、
「叩いてはいないけど、毎日きつく怒鳴ってしまう……これって虐待になるの?」と不安に感じたことはありませんか?
この記事でわかること
- マルトリートメントの定義と4つの種類
- 不適切な養育が子どもの脳に与える具体的な影響
- 日常に潜む「気づかないマルトリートメント」の例
- 今日からできる5つの予防・対策方法
- 無料で相談できる専門窓口
「マルトリートメント(maltreatment)」とは、身体的な暴力だけでなく、言葉による暴力・無視・心理的な圧力など、子どもに対するあらゆる不適切な養育を指す概念です。深刻な虐待だけでなく、「悪意はないけれど子どもを傷つけている行動」も含まれるため、多くの親が知らないうちに経験していることがあります。福井大学の友田明美教授らの研究により、マルトリートメントが子どもの脳の構造に実際に変化をもたらすことが科学的に明らかになっています。
マルトリートメントとは?定義と4つの種類
マルトリートメントは日本語で「不適切な養育」と訳されます。法的な「虐待」より広い概念で、虐待の手前の段階から含めて定義されています。子どもに対して加えられる不適切な関わりは、大きく4種類に分類されます。厚生労働省の統計では、児童相談所への虐待相談件数は年間20万件を超えており(2023年度)、そのうち心理的虐待が最多を占めています。「身体的な傷がないから大丈夫」とは言い切れないのがマルトリートメントの難しさです。
① 身体的マルトリートメント
叩く・蹴る・つねるなどの身体的な暴力が代表例ですが、「しつけのつもりだった」という意図があっても、子どもが身体的な苦痛・恐怖を感じた時点でマルトリートメントに該当します。体罰は子どもの問題行動を短期的に抑制する効果があっても、長期的には攻撃性の増加・自己肯定感の低下・脳への悪影響が研究で示されています。
② 心理的マルトリートメント
怒鳴る・罵倒する・「お前なんていらない」などの言葉の暴力、ほかのきょうだいと比較して貶める、夫婦喧嘩を子どもの前で繰り返す(面前DV)などが含まれます。身体的な傷が残らないため周囲に気づかれにくいですが、脳の発達への影響は身体的暴力と同等以上であることが研究で示されています。
③ ネグレクト(放棄・無視)
食事を与えない・不衛生な環境に置くなどの物理的なネグレクトだけでなく、子どもが話しかけても無視する・スマートフォンに集中して子どもの存在を無視し続けるといった情緒的なネグレクトも含まれます。愛着形成に深刻な影響を及ぼし、将来の対人関係に困難をもたらす可能性があります。
④ 性的マルトリートメント
子どもへの性的な行為・接触・見せることを強制するなど。子どもは自ら訴えることが難しく、発覚しにくいため、周囲の大人が子どもの様子の変化(急激な情緒不安定・退行行動・睡眠障害など)に気づくことが重要です。
マルトリートメントが子どもの脳に与える影響
福井大学子どものこころの発達研究センターの友田明美教授は、マルトリートメントを受けた子どもの脳をMRIで分析し、健常な子どもの脳と比較する研究を長年続けてきました。その結果、不適切な養育が子どもの脳の形・大きさ・働きを実際に変化させることが明らかになっています。
面前DVによる視覚野の変化
両親のDV(暴力)を目撃し続けた子どもの脳では、視覚を処理する「舌状回(ぜつじょうかい)」が通常より約6%縮小していることが確認されています。これは「見たくないものを見続けることから自分を守るための変化」と考えられており、表情の読み取り能力の低下・コミュニケーション困難につながるとされています。
言葉の暴力による聴覚野・前頭前野の変化
親から繰り返し怒鳴られたり罵倒され続けた子どもの脳では、音声を処理する「聴覚野」が肥大化し、感情コントロールを担う「前頭前野」の発達が遅れることが報告されています。その結果、感情の調整が難しくなり、衝動的な行動や不安・うつ症状が現れやすくなることがあります。
脳への影響は「回復できる」
重要なのは、友田教授の研究が「脳への悪影響は適切なケアによって回復できる可能性がある」という希望も示している点です。子どもの脳には高い可塑性(変化・回復する力)があり、安全で温かい養育環境に変わることで、脳の変化が改善された事例も報告されています。「すでに傷つけてしまったかも」と感じている方も、今からの対応が十分に意味を持ちます。
日常に潜む「気づかない」マルトリートメント
マルトリートメントは深刻な虐待だけではありません。多くの親が「悪いことをした」という自覚なくやってしまいがちな言動も含まれます。以下の行動に心当たりがある場合、見直しのきっかけにしてください。
- 感情的になって怒鳴る・強い言葉で叱る(「なんでできないの!」「もううんざり」等)
- 他のきょうだい・友達と比較して責める(「お兄ちゃんはできるのに」等)
- 子どもの前で夫婦が激しい言い争いをする(面前DV)
- スマートフォンに集中しすぎて子どもの話を聞かない時間が長い
- 子どもが泣いても「うるさい」と無視する
- しつけのために恥をかかせる・人前で叱責する
「たまにやってしまう」ことと「日常的・習慣的に繰り返す」ことでは影響が大きく異なります。親も人間ですから、完璧でいることは不可能です。大切なのは「気づいたらその場で謝り、関係を修復すること」を繰り返すことです。「さっきは怒鳴ってしまってごめんね、あなたのことが大切だからつい焦ってしまった」と子どもに正直に伝えることで、子どもは「失敗しても関係は修復できる」というモデルを学ぶことができます。
マルトリートメントを防ぐ5つの方法
マルトリートメントの予防は、特別な知識や能力がなくても今日から取り組めることがあります。以下の5つを意識するだけで、親子関係の質が大きく変わります。
① 「最初から完璧な親はいない」と認める
多くの場合、マルトリートメントは「親自身の余裕のなさ・孤立感・育児への不安」から生まれます。「いい親でなければならない」というプレッシャーを手放すことが、過度な感情的反応を抑える第一歩です。失敗したときは「また次頑張ろう」と自分を許すことも、子どもへのモデルになります。
② 「耳打ち効果」で間接的に褒める
友田教授の研究チームが推奨する方法の一つが「耳打ち効果」です。子どもの前でパートナーや祖父母に「〇〇ちゃん、最近すごく頑張ってるんだよね」と聞こえるように伝える方法です。直接褒めるより恥ずかしさがなく、第三者に認められた喜びが大きく、自己肯定感が高まりやすいとされています。
③ スキンシップを意識的に増やす
抱っこ・手をつなぐ・頭をなでるなどのスキンシップは、オキシトシン(愛着ホルモン)の分泌を促し、親子双方にリラックス効果をもたらします。特に就寝前の10分間を「ぎゅっとする時間」として設けるだけでも、子どもの安心感と親の余裕が増す効果が期待できます。
④ 育児を一人で抱え込まない
マルトリートメントが起きやすい状況の一つが「育児の孤立」です。パートナー・祖父母・地域の子育て支援センター・保育士など、育児に関わる人を意識的に増やすことで、親の余裕が生まれやすくなります。「頼ることは弱さではない」という認識の転換が、子どもを守ることに直結します。一時保育・ファミリーサポート・子育てひろばなど、地域の支援サービスを積極的に活用し、親自身が息を抜ける時間をつくることがマルトリートメント予防の根本的な対策になります。
⑤ 怒りのピークをやり過ごす「クールダウン」技術を持つ
人間の怒りのピークは約6秒と言われています。感情的になりそうなときは、「その場をいったん離れる」「深呼吸を3回する」「水を飲む」など、自分なりのクールダウン方法を事前に決めておきましょう。感情爆発を防ぐ具体的な「逃げ道」を持つことは、マルトリートメント予防に非常に有効です。
一人で抱え込まず相談できる窓口
「もしかして自分はマルトリートメントをしてしまっているかも」と感じたとき、一人で抱え込まずに専門機関に相談することが最善策です。
| 相談窓口 | 内容 | 費用 |
|---|---|---|
| 児童相談所虐待対応ダイヤル(189) | 虐待の相談・通告を24時間受付。親自身の悩みも相談可 | 無料 |
| 子育て相談(市区町村の子育て支援センター) | 育児の悩み・しつけ方法を専門スタッフに相談 | 無料 |
| よりそいホットライン(0120-279-338) | 育児・家族関係の悩みを24時間電話相談 | 無料 |
| 民間の親子支援NPO・カウンセリング | 継続的なサポート・ペアレントトレーニング | 有料〜無料 |
「189(いちはやく)」は子どもの虐待に関するダイヤルですが、「自分が子どもを傷つけてしまいそうで怖い」という親自身の相談も受け付けています。相談したからといって即座に行政介入が行われるわけではないため、気軽に電話してみることをおすすめします。
よくある質問
Q. しつけのために叩くことはマルトリートメントになりますか?
はい、「しつけのため」であっても子どもに身体的な苦痛・恐怖を与える行為はマルトリートメントに該当します。2020年の児童虐待防止法・民法改正により、日本でも「体罰の禁止」が法律に明記されました。短期的に行動を抑制する効果があっても、長期的には子どもの攻撃性増加・自己肯定感低下・脳への悪影響が研究で示されています。
Q. 怒鳴ることが習慣になってしまっています。今から変えられますか?
変えられます。子どもの脳には高い可塑性(回復力)があり、養育環境が改善されることで脳への影響が回復した事例が研究で報告されています。まず「気づいた」ことが最初のステップです。怒鳴ってしまった後に「さっきは怒鳴ってごめんね」と謝ることを習慣にするだけでも、親子の信頼関係の修復につながります。
Q. 夫婦喧嘩を子どもに見せてしまいました。影響はありますか?
子どもの前での激しい夫婦喧嘩(面前DV)は、直接的な暴力がなくても子どもの脳(特に視覚野)に影響を与えることが研究で示されています。ただし、「たまに口論になった」程度と「日常的に激しく怒鳴り合う」では影響の大きさが異なります。気になる場合は、子どもに「大人同士のことで、あなたのせいではない」と伝えることと、夫婦でのコミュニケーション改善(カウンセリング等)を検討してみてください。
Q. 育児ストレスで子どもに当たってしまいます。どうすればいいですか?
育児ストレスを一人で抱え込まないことが最も重要です。市区町村の子育て支援センター・児童相談所(189)・よりそいホットラインへの相談、一時保育やファミリーサポートの活用など、「子どもから離れる時間をつくること」が親の余裕を取り戻す第一歩になります。「助けを求めること」は育児放棄ではなく、子どもを守るための賢い選択です。
Q. マルトリートメントを受けた子どもはどのようなサインを出しますか?
急激な情緒不安定・赤ちゃん返り(退行行動)・睡眠障害・食欲不振・学校や保育園を嫌がる・体に不明瞭なあざがある・大人の顔色を過度に窺う・自傷行為などが代表的なサインです。これらのサインが続く場合は、かかりつけ医・学校・保育園の先生・児童相談所などに相談してください。
まとめ
マルトリートメントは、「悪い親」だけがするものではありません。余裕がなくなったとき・孤立したとき・ストレスが限界のとき、誰でも不適切な関わりに陥る可能性があります。
- マルトリートメントは身体的暴力だけでなく、言葉・無視・面前DVも含む
- 不適切な養育は子どもの脳の構造・機能に実際に変化をもたらす(友田明美教授研究)
- 脳への影響は、適切なケアによって回復できる可能性がある
- 「最初から完璧な親はいない」——失敗したら謝り、関係を修復する繰り返しが大切
- 一人で抱え込まず、189・支援センター・よりそいホットラインを活用する
この記事を読んで「自分も気をつけなければ」と感じた方は、すでに十分に子どものことを大切にしている証拠です。気づき・振り返り・行動の3ステップを繰り返しながら、焦らず子どもとの関係を育てていきましょう。育児に完璧な正解はなく、子どもも親も共に成長するものです。「昨日より少しだけ穏やかに接することができた」という小さな積み重ねが、子どもの安全基地となる家庭をつくっていきます。